Greenhouse gases observing satellite GOSAT  "IBUKI"

人工衛星「いぶき」GOSATのWEBサイト

Special Interview

Vol.2

宇宙から、地球の大気という

「見えないもの」を測るということ。

それを「見えるようにする」のが

私たちの使命だと思っています。

宇宙航空研究開発機構 GOSAT-2プロジェクト 主任開発員

須藤 洋志

GOSAT「いぶき」でセンサ開発・試験を担当し、後継機であるGOSAT-2でもセンサ開発において活躍するJAXA須藤さん。「いぶき」の目であり心臓でもあるセンサについて、その仕組みや役割などを詳しく教えてもらいました。

「いぶき」が見ている大気の様子は

まるで1万色のクレヨンで描いた美しい世界

 

ーー「いぶき」の凄いところはセンサだと思うのですが、一般の方に「いぶき」のセンサがどう凄いのか、今日は、須藤さんにわかりやすく解説していただければと思っています。

須藤 わかりました。実はわかりやすく説明することが、とてもむずかしいのですが(笑)。
では、まずこちらの装置をご覧ください。この台の上は小さな宇宙です。

須藤 白い球体が「地球」。赤外線を出しているライトが「太陽」。ライトの奥の黒い幕をかぶせた装置が「いぶき」と仮定しています。この装置は実際に「いぶき」が搭載しているセンサをそのまま1/4の大きさにしたモデルのセンサで、機能は全く同じです。これを使って「いぶき」が温室効果ガスを測っている様子を見ていただけます。ところで、私はいつも一般の方にこの装置を見てもらう前に「目の前に二酸化炭素があると思いますか?」と聞いています。ほとんどの方は「わからない」と答えるのですが、それが正解だと思います。そこに二酸化炭素があることを人間の目では見ることができないのですから「わからない」のが当たり前です。しかし「いぶき」のこのセンサ(TANSO-FTS)では、それが「見える」のです。どのようにして「見て」いるのか。そこを説明していきましょう。

 

 

まず、何もはいっていないビニール袋を大気に見立てて地球儀の前に置いた時のデータはこのようになります。

特に目立った特徴はありませんね。では今度は、二酸化炭素の入ったビニール袋を前に置きましょう。どのようなデータになるでしょうか。

ーーかなり変わりました。これは何を意味するのでしょうか。

須藤 赤外線には幅広い波長があります。赤外線がガスの中を通ると、一部の赤外線が吸収されます。しかし、赤外線といっても色々な波長があり、ガスの種類によってどの波長が吸収されるかは異なるのです。そのため、赤外線がガスの中を通って、どの波長がどれくらい減ったかを見ることで、どのガスがどれくらいあったかが判明するのです。上の装置では、それを実験しているのです。

 

ただ、大気というのは複雑です。人間の目には見えない。窒素、酸素、二酸化炭素、メタン、それぞれが複雑に交じり合って存在しています。絵画の世界では、印象派というものがありますね。印象派が生まれるまでの画家たちは、実際に形のあるものを線や輪郭を使って描いていましたが、印象派の画家達は触ることのできない光というものを描きました。光を効果的に描いています。喩えは正確ではないかもしれませんが、いわば「いぶき」は、さらに目に見えない「大気」を描こうとしていると考えてみましょう。いや、描こうとしているのは僕たちであって、「いぶき」はクレヨンだと考えてみると良いかもしれません。

 

 

ーークレヨンですか?

須藤 24色セットのクレヨンと、1万色のセットがあったとします。自然をそのままに美しく描こうとしたら、どちらのセットの方が綺麗に描けますか?もちろん1万色セットですよね。今までのセンサが24色セットであり、「いぶき」が1万色セットなのです。「いぶき」が打ち上がるまでは、私たちが見ていた大気の様子は24色で描かれていましたが、「いぶき」は私たちに1万色で描かれた大気の様子を見せてくれたのです。

 

もう少し詳しく喩えてみましょう。大気は特定の色のクレヨンを食べるのが好きだとします。気体にも色々あります。窒素や酸素はもちろん、温室効果ガスといわれるのが二酸化炭素やメタンなどです。それぞれの気体は個性がありますから、好物の色は微妙に異なるわけです。しかし、24色クレヨンセットだと色の選択肢が少ない。だから、二酸化炭素とメタンは「赤系」のクレヨンが好物なために、24色クレヨンセットの中では同じ「赤」を食べてしまうわけです。つまり、24色セットのセンサは、その能力として、二酸化炭素なのかメタンなのかを見分けることができないというわけです。

 

そこで1万色セットのクレヨンの登場です。「いぶき」のセンサです。1万色もあるので、二酸化炭素とメタンは自分の本当に好きな色を見つけて食べることができます。つまり、精度が高く色を見分けられます。色を見分けるだけではありません。クレヨンがどれくらいの量を食べられたのかによって、そこに二酸化炭素がどれくらいあったのか、がわかるわけです。もちろんこれは喩え話ですから、これを実際に数値で、人間が見てわかるようにしたのが、さきほどのデータです。このデータはいわゆる二酸化炭素の指紋のようなもの。メタンもアンモニアもみな違う指紋を持っています。いぶきのセンサで見れば、どの気体があるか、その気体がどれくらいあるかがこのようにはっきりとわかるのです。人間は見ることのできないものを「いぶき」が1万色のクレヨンを使って目に見えるように描いているのです。

ーー1万色のクレヨンセット。24色セットから考えると画期的な進化ですね。

須藤 クレヨンはあくまで喩えなので、厳密に言えば的確には表現できないのですが。もちろん、実際はクレヨンではなく、光学センサです。地表面により反射された太陽光と、地球大気や地表面から放射される光のスペクトルを観測し、その吸収スペクトルをこの装置の中にもあるフーリエ干渉計と呼ばれる分光器の一種で測定して温室効果ガスの濃度を決定しています。温室効果ガスを専門に観測する衛星として「いぶき」はパイオニアですが、2009年に打ち上がってから現在まで精度の高いデータを取得し、今まで地上観測データのみを用いて求められていた温室効果ガスの吸収排出量の推定誤差が低減できてきました。この成果から考えると、「いぶき」のセンサは確かに、24色から1万色への進化に匹敵するほどの、温室効果ガス観測における飛躍的な進化をもたらしたと言えるかもしれません。

そして、いわば1万色のデータという多くの情報が取得されるのですから、その情報をどう生かしていくかは、僕たちJAXAはもちろん国立環境研究所の皆様の活躍が今後も期待されるところです。

「いぶき」が完成し宇宙へ打ち上がる瞬間。

それは、打上げ成功というピリオドではなく、

666km離れた「いぶき」との格闘の幕開けだった。

ーー今、この台の上の装置が温室効果ガスを観測していることはわかりましたが、実際の「いぶき」のセンサは宇宙で動いています。地上のセンサと宇宙のセンサの違いはどこにありますか?

須藤 昔、同僚にこんなことを言われたことがあります。苦心してセンサを開発し完成した時、私自身はその時がゴールだと思っていました。通常、地上で使うセンサの開発では、作ったらそれでセンサ開発は終了となるからです。ところが同僚は完成したセンサを前に言いました。「ここからがスタートだ」と。そして、その意味は「いぶき」が打ち上がった直後から、私自身も実体験として理解することとなりました。

 

宇宙へ飛び立った後は私たちはセンサに触ることができません。これが地上のセンサとの最大の違いです。地上のセンサなら、問題があれば修理をすればいい。取得したデータが不良なら、またセンサを改良したらいい、となります。しかし、宇宙ではそれができません。そして、設計寿命5年の定常運用期間は動きつづけなくてはいけません。動きつづける、そのために僕たちが考えられる全てのことをしました。絶対に壊れないと言い切れる「自信」が、開発する者たちの「確信」に変わるまで、実験や試験が繰り返し行われました。このように開発したセンサが、宇宙へ飛び立つ時。それは一つの感慨深い出来事ですが、さきほどお話したように、あくまでそれはスタート。ようやく「いぶき」が産声をあげた瞬間です。そして、それから4ヶ月ほど、生まれたての赤子を育てるかのような苦労が続くのです。

 

あれだけ試験を繰り返したのに、やはりパーフェクトにはいかない。人工衛星が打ち上がると、運用する人たちが24時間交代制で、モニタで「いぶき」のチェックをしています。いわゆる「いぶき」の健康状態がわかるモニタを見ています。通常はそのモニタは黒い文字で表示されているのですが、何か「いぶき」に起こると画面が真っ赤になります。真っ赤になると、基本的に運用している人たちは「何か」起こったというのはわかるのですが、「何が」起こったかというのは開発した人たちでないとわかりません。そこで、画面が真っ赤になるたび僕たち開発した側が呼び出されます。夜中でも、時間を問わず。それが4ヶ月は続きました。

ーー宇宙にあるセンサは直接直すことができないとなると、どのように対応するのですか?

須藤 打上げをし、ファーストデータを取得。しばらく「いぶき」から地球へ降りてくるデータを見て、僕たちは「もしかしたら・・・」という思いに至りました。「いぶき」が正確な応答をしているのではなく、感じたものが2倍や3倍に増幅されている可能性が出てきたのです。その現象は「いぶき」が軌道に上がってからわかりましたが、その原因はわからない。私たちは何が問題になっているのか、本当に増幅されているのかを急遽調べることになりました。基盤を使って、本当に入ってきた信号が1が1で出ていくのか、1が5で出て行くのか、しらみ潰しのように調べていきます。気の遠くなるような細かな作業ですが、既に軌道で「いぶき」が動いている以上早急な解決が必要でした。実際、その時に使った基盤がこれです。そういった意味で、この基盤こそ今の「いぶき」を支える原点かもしれません。

須藤 次に、この基盤を使ってわかったことを、本当にそれが「いぶき」で起こっているのかを調べる作業になります。実は「いぶき」は双子。全く同じ姿をした兄弟が地球にいます。その「いぶき」の双子を使って実験を行い、やはり「いぶき」は1を感じて、1.2や1.5になっているという特性があることがわかるに至ったのです。その「いぶき」の特徴をわかった上で、そうしたデータが地球へ降りてくるので、特性を汲みとって処理をしましょうということになります。

 

地上のセンサなら、センサ自体を直しますが、宇宙のセンサは直せないので処理をする側が受け取る信号に対応していくしかありません。ハードウェアを直したかのような効果を、ソフトウェアで行なっていくのです。

ーーさきほどのクレヨンの話にたとえるとすれば、須藤さんたちは「いぶき」というクレヨンを使った画家で、画家側の技量によってクレヨンの不備をカバーする、というイメージですね。

須藤 う〜ん、そんなに私は絵は上手くないのですが(笑)。ただ、私たちは見ることができない複雑な大気の世界を「いぶき」は「いぶき」なりに見ているわけで、その「いぶき」が見ている1万色の複雑な世界を、いかに精度の高いデータにしていけるかというところが一番の課題です。

見えないものに立ち向かう、

宇宙という世界に立ち向かう。

それを面白いと思える環境。

ーーでは、最後にこの記事を見てくれている子ども達へメッセージをお願いします。

須藤 僕は、学生時代は「君は理論も計算もできないから実験屋さんだね」と言われていたんです。しかし、実際に人工衛星の開発に携わることになると、自分で理論からやっていかないと伝わらない場面も多くありますし、必然的に自分でデータをまとめて解析し計算機に落としこむという場面も出てきます。そして、予測できない事が起こる人工衛星開発においては、理論・実験・計算を超えた垣根のないアイデアというものが重要になってくるんです。JAXAでも環境研でも、垣根なくあらゆることをチャレンジさせてくれるという点で、僕はとても恵まれた環境にいると考えています。

 

アイデアがあったら、まずはチャレンジする。上手くいかなくても、それに挑戦していることが楽しいと思える。どんなことに対してもそういった気持で取り組んでもらえると、素敵じゃないかなと思いますよ。

 

2016年2月26日掲載 (取材・撮影・文 石沢香織)

プロフィール

宇宙航空研究開発機 GOSAT-2プロジェクト 主任開発員。「いぶき」に携わり始めてから10年。大量データの中に潜む「新しい発見」を探り続ける日々。後継機であるGOSAT-2プロジェクトメンバーとしても活躍。「いぶき」での経験を2号機へと生かしている。

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