なぜロケットがあるのか。
それは人工衛星を宇宙へ運ぶため。
そして、なぜ人工衛星が必要なのか。
ーー今回、そのスペースドームを取材させていただきましたが、「いぶき」のセンサに関わる久世さんとしては、一般の方々に、さらにどういった部分を見て欲しいですか?
久世一般の方々には、ロケットが人気ですね。ロケットの前で写真を取る方が多いようにみえます。ただ何のためにロケットがあるのかというと、それは基本的には人工衛星を宇宙へ運ぶためのものです。そして、人工衛星とは何かというと、それぞれの衛星の目的を果たすための装置を搭載するためのものなのです。「いぶき」であればセンサを搭載するために衛星がある、と言えます。GOSATに搭載される観測装置は、「炭素」に由来してThermal And Near-infrared Sensor for carbon Observation (TANSO) と呼ばれています。TANSOは2つのセンサから構成され、地表面で反射された太陽光と、地球大気や地表面から放射される光のスペクトルを観測する「温室効果ガス観測センサ(Fourier Transform Spectrometer; FTS)"TANSO-FTS"」と、大気と地表面の状態を昼間に画像として観測する「雲・エアロソルセンサ(Cloud and Aerosol Imager; CAI) "TANSO-CAI"」があります(詳しくはこちら)。
スペースドームが2015年にリニューアルした際に、「いぶき」の展示もセンサがどういった働きをしているかを知ってもらうために、「いぶき」の実物大模型の横に雲・エアロソルセンサ"TANSO-CAI"によるクイック画像を映したディスプレイの展示を開始しました。これは実際に「いぶき」が取得した数時間前の映像が映しだされています。このクイック画像を見ることで、「いぶき」のセンサが今何を狙っているのかリアルに感じていただけると思います。実物大モデルは大きさを知ってもらうには最適ですが、実際に動いているわけではなく剥製のようなもの。剥製を見るだけではなく、宇宙で動いている「生きたセンサ」を知ってもらえる展示にしたいと考え、このディスプレイを設置しました。
「いぶき」のセンサは非常に特殊なセンサです。人間の目には3色の光しか見えません。光の3原色ですね。人工衛星の比較的一般的なセンサで20色くらいを見ます。そして、「いぶき」は1万色以上見ています。人間が見ることのできない情報を「いぶき」は宇宙から見ているのです。もちろん、二酸化炭素やメタンという温室効果ガスを観測しているのですが、実はそれ以外も見えています。「いぶき」が取得するインターフェログラムには、まだまだ隠れた情報があるかもしれないのです。
例えば、波長 0.77μm付近に感度を持つ「いぶき」のデータには、植物のクロロフィルに太陽光が当たって発せられる蛍光が含まれており、その成分を抽出することで、植物の光合成の活動度を推定することができます。また、「いぶき」の雲・エアロソルセンサ"TANSO-CAI"からは、植生指数(NDVI)のデータも得られ、これらのデータから、植物の光合成による総一次生産量(GPP)、ひいては、炭素固定量を推定できる可能性があることがわかってきました。このように、わからないものを「いぶき」によって紐解いていく。こういったアプローチができるというところが、「いぶき」らしさなのかもしれません。
このアプローチを実現しているのは、「いぶき」に搭載しているフーリエ干渉計によるものが大きいです。このフーリエ干渉計を人工衛星に載せ宇宙から太陽の地球表面の反射光を観測するという考えは、開発当初は無謀ではないかと言われていました。大変、デリケートな装置なのです。しかし、それは無謀な挑戦だったのではなく、1996年から環境研の方々と着実に実験を重ねていきました。小さな実験装置で確認し「これなら衛星に搭載できる」という確信を得るまで何度も実験をしてきたのです。環境研の皆様との強力なタッグがあったからこそ「いぶき」の今の成果につながっていることは間違いありません。
ーー「いぶき」のセンサは「生きている」というような表現をされていますね。
久世5年間の定常運用期間を終えた「いぶき」は、それ以降は余生を楽しむ、という表現は適切ではないかもしれませんが、言い換えれば、現在は新しい観測方法にチャレンジをしながら運用をしていると言えます。衛星というと、軌道に乗れば後は同じことを繰り返し行なっているように思われるかもしれませんが、「いぶき」は常に進化しているのです。もちろんハードウェアそのものが良くなるわけではないですよ。「いぶき」が進化しなくてはいけないのは、観測対象の地球自身が常に変化しているからです。
定常運用期間中は単純にパターン通りの観測をしていましたが、二酸化炭素やメタンがどう出ているかと考えると、より晴天域を狙って観測をしていくことで有効なデータの取得率が高まりますし、メタンは油・天然ガス田や大規模酪農地帯で濃度が高いことが明らかになってきたため、それらのエリアを狙って観測することが効果的です。
「いぶき」は地球を約2時間で1周します。ビッグデータの時代ではありますが、「いぶき」が観測できる点数は限られています。一個一個の観測データが貴重であり、それぞれに価値を持たせたデータを取得することが重要だと考えています。運用に携わる人たちも打上げ後から最初の5年はまず正しく運用することに必死でしたが、今は多くの経験を得て「いぶき」の運用のプロになっています。ポインティングミラーをどう動かしていけば、地球上の二酸化炭素やメタンの排出・吸収が効果的に観測できるかがわかってきたのです。「次はどう観測しよう、どこを観測しよう」と運用の人たちは毎日試行錯誤しています。そういった意味で「いぶき」のセンサは生きている。止まっているわけではなく、毎日進化してるのです。そして、この毎日のカスタマイズは、必ず成果・新しい発見に繋がると信じています。
「いぶき」は新しいことを気づかせてくれます。
二酸化炭素の排出は、ある意味人間の欲望と深く関係しています。排出を抑えるのも難しい。一方、メタンの発生起源はわからないことが多い。もしかしたら、メタンの方は排出を抑える手を打ちやすい可能性もあります。世界的に見ても、「いぶき」は現在運用されている地球観測衛星の中で唯一地表面付近のメタンを測ることのできる衛星です。今後、二酸化炭素はもちろんメタンについての新しい発見が「いぶき」の観測データから発見され、それが地球温暖化対策への貢献につながっていくことに期待しています。
ーースペースドームには子どもも多く訪れますが、子どもたちへのメッセージをお願いします。
久世素朴な疑問って大事ですよね。「二酸化炭素が増えている」増えているといっても「どうやってはかるんだろう」鵜呑みにしないで、「本当に増えているのか」など疑問を持ってもらいたいですね。日本は温暖化対策先進国だと言われますが、それならば「いぶき」が地球上の温室効果ガスをどのように測っているのかという点に興味を持って欲しいと思っています。そのような疑問を持ってもらうと、逆に温室効果ガスは地球全体で測らなくてはいけないという必要性がわかるでしょうし、その過程で地球環境問題を解決するには日本の独力だけでは難しい。世界中の各地域で正確にデータが測れていることを確認しなくてはいけない。つまり海外との垣根のない協力が必要となってくることが自然と理解できると思います。
ロケットの前で写真をとるだけではなく、なぜこれが作られていたのかなというところに注目してみてはいかがでしょうか。模型という剥製が並んでいるだけのように感じた展示が、見方を変えた途端に、活き活きと動き出すかのような、動物園のような楽しさが感じられるかもしれません。
2015年12月21日掲載 (取材・撮影・文 石沢香織)